ここまで長引く話でもないと思いますが(とかいって自分も長い)。
投稿者:桝 飛雄真
- 2001/08/31(Fri) 23:54:52
現役生の状況を正確に把握できていないので推論も含まれますが、今の東葛がシャレの全然わからない環境だとは思いません。
文化祭の聖火なんて盛り上がるんじゃないですか?
また現在の卒業式でも、卒業証書授与の際に各クラスの代表が奇想天外なパフォーマンスをすることは恒例(?)です。
お祭り騒ぎ、(みんなが楽しめる)ハプニングが好きな人はいっぱいいますよ。かねこっちさんの話に出てきた「公開討論会」での論客登場や、無線班の交信相手のオジサンなどは、恐らく今でもそれなりに歓迎されるのではないでしょうか。
(ただそれらが可能だったのは企画自体に飛び入りを受け入れる前提があったから、という気もします)。
それでも、僕も含めて何人かの方が「飛び入り」に懸念を抱くのは、生徒会活動にある程度積極的に関わった経験などから、現役生の主体性を慎重に考えるべきだ、と思うからです。
文化祭運営における「審議」「調整」は、そのイベントが曲がりなりにも生徒の主体的活動であることを保証しています。
確かに面倒ですが、それがなければ文化祭は「教師が全てシキル」イベントになってしまうでしょう。
無秩序なイベントは、管理者にとってケチのつけ放題なのですから。
矛盾もあるでしょうが、いわば「自由を守るための不自由」を現役生は負っています。
もちろん、そうした全体的な決め事の隙をついたゲリラ的パフォーマンスも楽しいもので、それを全て否定するようなイベントは、あまり魅力的ではないでしょう。
結局、そのバランスをどう保つかで、生徒や職員は悩んでいます。
前述の卒業式パフォーマンスにしても、今まで暗黙の了解で行っていたものが、数年前から「卒業生のプログラム」に加えられ、生徒会の合意のもとで行う形がとられるようになりました。
これはパフォーマンスにやたら時間がかかったり、場の雰囲気を悪くするようなことがあったので、卒業式全体の進行を考えて「調整」を加える必要が出たためです。
突発的なパフォーマンスが生む楽しさと、計画的なイベントによる(権利を守るための)責任の維持。
両方をうまく共存させようと、色々考えるわけです。
(まぁ在校生全員がそれほど真剣に考えているとも思いませんが)。
だから、そのバランスを崩さない程度の「飛び入り」であれば、いいんじゃないかと思います。
そしてそのバランスを見極める(「これホントに在校生にウけるの?」という点も含めて)ためには、早い段階で現役生とコミュニケーションを持つことが大切だと思うわけです。
前に誰かが書いたように、在校生(軽音とか)がアッサリOKするかもしれないです。
実際に飛び入りするにしても諦めるにしても、この場の議論だけで結論づけることはないでしょう。
逆にその「バランス」に疑問があれば、変えていくような訴えかけが必要だということです。
「バランス」を偏らせる「大人の管理」は、現在、東葛においても阻みきれないほど増加しています。
そしてその管理の増大は、かつて高校で自由を渇望し、また謳歌したはずの「大人」によるものなのです。
他人事ではないです。 |